都会に存在する意味のある米屋をめざす こだわりの米文化を情報発信 身土不二.com

 このページでは、身土不二.comで情報発信していきたい中心的なテーマについて書いています。合わせて、私の経営している金沢米店、そして私と妻のプロフィールもご覧ください。

はじめに米屋として担いたい役割金沢米店のプロフィール私のプロフィール妻のプロフィール

はじめに

金沢米店の写真  新食糧法になって、どこでもだれでも自由にお米を売ったり、買ったり出来る時代になって、米屋の存在意義が問われる時代がやってきています。さらに、米輸入をベースにした米余りを背景に、低米価時代が襲来してきています。大型スーパーなど集客力のある店舗では、客寄せの目玉として、米の安売りをここ数年来やってきて、今やそれは常態化しています。

 それに伴って、一般消費者はスーパーでのお米の購入頻度を高め、今や米屋からの購入者は少数派となってしまいました。

 最近は特に、農協の買取価格の低迷からか縁故米の洪水が発生しています。産直米と合わせて、その量は相当量に達している模様です。こういう時代にあって、米の専門小売店の存在意義は何処に求めればよいのでしょうか?

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わたしが、米屋として担いたい役割

こだわりのお米の食べ比べを楽しんでもらえる米屋

写真:都会の中の田んぼ(横浜市戸塚区)  品種選び・農法・土づくり・乾燥法などそれぞれの農家のこだわりによって作り出されたお米達の1つ1つの特長のある味(甘味・旨味)や風味(香り)・食感(粘り・舌触り・弾力性など)の違いを食べ比べによって味わっていただきます。

そのためには、各地のこだわり農家との信頼しあうパートナーとしてのお付合いが成り立っていなければ、数量に限りのあるこだわりのお米が入手できないため、不可能です。

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奇人・変人が輝いてきた

写真:田植え(千葉県多古町)  今でこそ、有機栽培農家にたいする社会的認知はかなりおこなわれてきていますが、少し前までは各地で「奇人」「変人」扱いされてきたのが、残念ながら現実の姿でした。

 しかし、一方で、有機栽培農家のそれぞれの土地柄に応じた個性的な実践は、農文協の「現代農業」で伝えられたり、どこからともなく人づてに農法の研究会で伝わったりして、お互いに刺激し合い、励ましあう関係にあったのです。ですから、何年もの積み重ねが必要な有機米の生産者の世界は狭いともいえるのです。

 つまり、周囲から白い目で見られながらも、それぞれのこだわりで長年、土作りに・苗作りに・農法に・頑張ってきた人たちは、ライバルでありながらも良き同志として、認知しあってきているのです。ですから、私がお付合いのある農家同士は、お互いに面識はなくても「その人の名前・その農法は聞いたことがある」というような方が多いのです。

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お米の味に人柄が表れる

写真:田植えの体験(千葉県多古町)  面白いもので、お米の味には、作り手の人柄が表れるような気がします。温厚な人柄は、どこか気品のある味が、強烈な個性派は、濃厚な強い味が、誠実な人柄は落ち着いた味わいが、若さあふれる元気派は、ぱっちりした味わいが、・・・。

 もちろん、お米は人と自然の合作ですが、作り手の人柄をイメージして食べるのも、また楽しいものです。こだわりのお米はどこが違うのか?糠の匂いと味で分かります。胚芽を残す分づき米も静かなブーム(?)のようです。

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農家の思いや姿を伝える米屋&都会人の望みを農家に伝える米屋

写真:北限の田んぼ(北海道女満別町)  専門小売店の最大の強みは、対面販売です。セルフサービスの売り場から商品をカゴの中へ放り込むスタイルとは異なり、農家の人柄や稲を育て収穫に至るまでの工夫や新しい試み、苦労などを含めて、商品説明をお客様に応じて伝える事ができます。農家からのお手紙やメッセージ・ときにはプレゼントを手渡す事さえも出来ます。

 こだわり農家の多くは「俺はプロだ!」といわずに、「米つくりは、毎年、一年生だ!」といいます。そういう米つくりの奥の深い営みに対する理解を少しでも深めようという真摯な姿勢が米屋にも必要です。そうであってこそ、米屋の説明であっても、消費者に伝わるものがあるようです。

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都会人に潜在するコンプレックス

写真:千枚田(能登半島)  都会に生活する人は、自覚しているいないに拘わらず、自分の生命と健康の源である生き物を育てた体験がほとんどないし、知らない。その事は人間としてバランスを欠いた現代特有の問題点だといえます。

 毎日食べているのに、生育の姿・プロセスを全く知らないのです。それだけでなく、旬の感覚・意識の喪失も深刻です。本物の味覚の喪失も同様です。このことを意識し出すとある種のコンプレックスとなって、心に残ります。

 田舎がある都会生活者は昔懐かしい故郷の光景や旬の味を想い出す様ですが、都会育ちには思い出すものがありません。全てが新鮮な感動を伴う発見の連続になります。コンプレックスを感じた人の特権でもあります。昔懐かしい味の再現をお望みの方には、出来る限りの農家の協力がいただけるように、責任を持って計らいます。

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食と農の問題を広く深く考えようと努力する米屋
−都会人が満たしたいのは胃袋だけではない−

写真:田んぼ(千葉県多古町)  20世紀末の30年間の間に、世界の農業は急激な変貌をとげました。途上国では急激な人口増が予想され、21世紀の地球上の食糧不足が心配されています。ところが、農産物にも貿易の自由化の波が押し寄せ、安い外国産農産物の氾濫により各地の在来農業・家族農業は衰退する一方です。

 先進国における飽食は一向に改善の気配はみられません。日本でも、農村で、生産効率優先、農薬や化学肥料を多投する農業が推奨された結果、生産性が高まった反面で農民の健康や生命力に富んだ土や生態系が蝕まれました。

 そして消費者にもアトピーやアレルギー、化学物質過敏症などの症状を広く発生させてきています。この問題とても、因果関係がはっきり証明されたわけではないから、という理由で十分な対策はとられていません。

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持続性を忘れた大規模農業

写真:田んぼのある公園(横浜市舞岡公園)  石油に依存する農業や地下水の枯渇を招く農業や土壌を輸出しているのと同じといわれる農業には持続性はなく、未来がない事は分かっているのに、農産物工場と化した米国などの大農園と穀物メジャーは、いけるところまで行こうと遺伝子組み替え作物まで投入し、商品作物の生産で目先の利益を追うのに躍起となっています。

 その状況に対して、都会に生活する人、生命を育む農作物の生産から隔離され、買い食べる消費者としてのみ生活している人たちの中にも、今の現状を危惧する人々が多く出てきています。有機農産物に対する関心の、ブームにとどまらない広まりがその証拠といえます。

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有機農産物の人気を逆手にとった企み

写真:どこまでも続く田んぼ(北海道女満別町)  しかしながら、一部の流通業者は、それを逆手にとるがごとくに目ざとくもその有望な市場性に着目して、有機認証制度の法制化を導き出して、外国の有機農産物の販売によっての儲けを企んだのです。

 長い年月をかけて、日本各地でその風土に合った有機農業を育もうと土を作り、努力を重ねてきた家族経営農家は、蚊帳の外に追い出され、日陰者扱いされそうな流れとなっています。

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今こそ、パートナーシップの強化を!

写真:金沢米店店頭  そういう情勢だからこそ、自給自足の延長線上にある農家の食べている健康な作物のお裾分けを都会の消費者がいただけるというベースをもった提携関係の囲い込みが今こそ必要なのです。

 シールを頼りにした関係でなく顔も心根も見えるパートナーとしてのお付合いの構築、そのお手伝いも出来たらいいなと考えています。農家とのお付合いをライフワークとしている米屋が担うべき守備分野だと思います。

 都会に生活する人が、満たしたいのは胃袋だけでないのですから。そして、農家には、命の糧の生産の担い手として、その担い手として選ばれた者=エリートとして胸を張った生き生きとした生活ぶりを見せて欲しいと思います。人間にとって、本物の豊かさは、どこにあるのか・どういうものなのかを考えさせて欲しいと思います。

 農村で家族経営農家が生きる業(生業)として『農』を営むならば、私は負けずに、都会で家族経営小売店として、そのような農家の暮らし振りと作る人の心根も都会人に届け伝えるパートナーとして『商』を生きる業(生業)として、精一杯営みたいと考えています。

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